奥飛騨温泉キャンプツー2011 ~静岡経由南信州秘境の旅 その3~
旅先で思わぬモノに出会うことがある。
「なんじゃこれ?」と思わず首を傾げたくなるモノもあれば、驚きと興奮で目頭が熱くなるモノもある。
話は少し前後するが、兵越林道を抜け一服していたバス停でふと目に付いたモノ

13年間ずっとこの場所に置かれていたのだろうか?
雨風のしのげる造り(小屋)が、この雑誌の寿命を延ばしているのだろうか?
そんなどうでも良いことを考えつつ、パラパラと中身をめくって見た。
「あっ。ワシこの号読んだことあるわ」
ささやかな過去との出会い。
さて。
酒屋で仕入れた、わずかな食材でささやかな宴を行った。
サトウのご飯とけいちゃんが意外なハーモニーを奏でてくれた。
その旨さに驚きつつ、ここまでの行程を振り返りつつ、お互いの近況を語りつつ、静かに夜が更けていく。

翌朝。

スッキリと晴れ渡った空を見て、テンションが上がる。
夜半過ぎ、テントを大粒の雨が打ち付けていたが、今日はその心配が無さそうだ。

とりあえず、朝風呂に行こうではないか!
チョイさんに誘われるがまま、ハーレーの後部座席に収まった。
この手のバイクは初めてだったが、独特の鼓動と、気負い無く座れるリアシートによって、後ろに座っていても余裕を感じることができた。
これが我がゼファーならそういうわけにはいかないだろう。

合掌の森中尾キャンプ場から蒲田川沿いにある新穂高の湯に下りた。

画像を見れば分かるように、橋のすぐ真下に温泉が湧いている。
なんとも大胆な場所に作られている。
早朝ということもあって、周りには誰も人は居なかったが、昼間でも結構人が入っていると聞く。
温い湯に浸かり、川のせせらぎを聞き、気分上々。

朝風呂で気分を引き締め、テントを撤収し、帰路へ。
野麦峠を越え、高山を経由し京都に向かう予定だ。

朝日がキャンプ場に降り注ぐ。
素敵な一日をありがとう。また来るよ。そんな呟きを残し、キャンプ場を後にした。

平湯温泉で朝食を摂り、いよいよ旅はフィナーレへ。

~つづく~
「なんじゃこれ?」と思わず首を傾げたくなるモノもあれば、驚きと興奮で目頭が熱くなるモノもある。
話は少し前後するが、兵越林道を抜け一服していたバス停でふと目に付いたモノ

13年間ずっとこの場所に置かれていたのだろうか?
雨風のしのげる造り(小屋)が、この雑誌の寿命を延ばしているのだろうか?
そんなどうでも良いことを考えつつ、パラパラと中身をめくって見た。
「あっ。ワシこの号読んだことあるわ」
ささやかな過去との出会い。
さて。
酒屋で仕入れた、わずかな食材でささやかな宴を行った。
サトウのご飯とけいちゃんが意外なハーモニーを奏でてくれた。
その旨さに驚きつつ、ここまでの行程を振り返りつつ、お互いの近況を語りつつ、静かに夜が更けていく。

翌朝。

スッキリと晴れ渡った空を見て、テンションが上がる。
夜半過ぎ、テントを大粒の雨が打ち付けていたが、今日はその心配が無さそうだ。

とりあえず、朝風呂に行こうではないか!
チョイさんに誘われるがまま、ハーレーの後部座席に収まった。
この手のバイクは初めてだったが、独特の鼓動と、気負い無く座れるリアシートによって、後ろに座っていても余裕を感じることができた。
これが我がゼファーならそういうわけにはいかないだろう。

合掌の森中尾キャンプ場から蒲田川沿いにある新穂高の湯に下りた。

画像を見れば分かるように、橋のすぐ真下に温泉が湧いている。
なんとも大胆な場所に作られている。
早朝ということもあって、周りには誰も人は居なかったが、昼間でも結構人が入っていると聞く。
温い湯に浸かり、川のせせらぎを聞き、気分上々。

朝風呂で気分を引き締め、テントを撤収し、帰路へ。
野麦峠を越え、高山を経由し京都に向かう予定だ。

朝日がキャンプ場に降り注ぐ。
素敵な一日をありがとう。また来るよ。そんな呟きを残し、キャンプ場を後にした。

平湯温泉で朝食を摂り、いよいよ旅はフィナーレへ。

~つづく~
FA31mmF1.8AL Limited ~誘惑との戦い~

いや~突然ですが・・・
新しい交換レンズが欲しくなってきてね・・・
注文確定画面の一歩手前でグッと堪える毎日を送ってます(爆)
・・・
・・・
・・・
物欲の秋到来!
奥飛騨温泉キャンプツー2011 ~静岡経由南信州秘境の旅 その2~
日本のチロルと呼ばれる下栗の里
南アルプスの聖岳と対峙する標高1000mの尾根、傾斜約30度の南東斜面にへばりつくように民家や耕地が点在する山村で、「日本の原風景が残る山の里」として、「日本のチロル」と呼ばれる。集落の戸数は約60戸で150人余りの人々が農業や林業などを営んでいる。
~wikipediaより~
ヒマなとき、ツーリングマップルを眺めながら妄想ツーに勤しむワシにとって、「日本のチロル」という表記は憧れの場所であった。
いつかこの地を訪れて、思う存分カメラに収めたい
そんな夢がついに適ったのである。

バイクを置き、整備された山道を20分ほど歩いたところで、ようやくこの景色と出会えるのだが、価値のある場所だと実感する。
しばし涼風に吹かれ、思う存分シャッターを切ったのであった。
さて、次なる場所はしらびそ高原。
南アルプスを代表する名山、聖岳を正面に見ることのできるこの場所も、ワシのとっては憧れの地であった。
・・・がしかし。
標高が上がるにつれ、どんどんと空が薄暗くなっていき、ついには霧に巻かれてしまった。
念のために合羽を着込むと、案の定空から冷たい雨が降ってきた。見通しの利かない1.5車線の山道は、かなり苦行である。
ソロリソロリと高度を上げ、ハイランドホテルへ到着した。
時刻は14時半を回っていた。
昼飯を食べていなかったのでここで食事休憩となったのだが、今後の行程を考えるとギリギリの時間帯である。
特にこだわりはなかったので、蕎麦を頂くことにした。

特筆すべきものはなにもない。
霧が全ての情熱をかき消してしまった。またこの地に来いということなのだろう。
腹の中にエネルギーを充填し、細い雨の降る中、奥飛騨へ向かってバイクを始動した。
蛇洞林道を下り、R474矢筈トンネル(三遠南信自動車道)を経由し、r251~r18~R153まで下りてきた。
道中なかなか楽しいクネクネ道で、霧に巻かれた山道のストレスを一気に発散することができた。
中央自動車道飯田IC手前で給油し高速に乗る。
スタンドの兄ちゃんが、今まで辿ってきたルートを聞いて目を丸くしている。
そりゃそうだ。
奥飛騨行くのに、わざわざ静岡経由してるんだからね。
しらびそ高原からずっと合羽は着続けていた。
行く先に大きな入道雲が見えていたからだ。
飯田ICの手前で予感は的中し、高速走行中、それは大粒になっていた。
容赦なく打ち付ける雨に、もうちょっと手加減して欲しいな~と思いつつ、先頭を走るチョイさんに「ガンガン行きましょう!」と声を掛けるワシ。
目的があるときのワシは、かなりイケイケになる。
今回もどうやらそのモードに入ってしまった。
※注
目的がある場合とは・・・夕暮れまでに帰宅したときとか、現状打破したいときなど。今回は雨の圏内から早く抜け出したかったのね(爆)
駒ヶ根ICを過ぎる頃には雨はすっかり上がっていた。
バックミラーに映る空は、もの凄い雨を想像させるに十分な暗さを保っていた。
伊那ICで高速を下車し、R361(権兵衛トンネル)を経由し、r493~R19~r26へ。
ちなみに、r493はルート選択ミスで、本来通る予定の無かった道だが、意外に楽しい道であった。
こういうサプライズを楽しめるのは、バイク乗りだからであろう。
R19新鳥居トンネルを越えると、またもや空から大粒の雨が降ってきた。
着る→止む
脱ぐ→降る
どうやら、雨の神様のいたずらスパイラルに嵌ってしまったようだ。
(伊那IC下車後、合羽はもう必要ないだろうと脱いでいた)
マージャンにおける切る来るみたいなもんだな~と思わず感じてしまった(このことは、某氏との富士山遠征ツーでも実証された)。
豪雨のr26を抜け、R158に合流する。目的地まではあと少し。
安房トンネルを通り、平湯温泉を横目に見ながらR471へ。
実はこの辺り、かなり急いでいた。
日が暮れるまでに宿泊地へ到着したかったというのもあるが、最大の理由は飛騨牛が買えるかどうかというギリギリのタイミングだったというところである。
果たして結果は?
・・・
・・・
・・・

~つづく~
Myレガシィ デフから盛大にオイル漏れ(涙)
ツーリングの続きを書こうかと思っていたのですが・・・
話は二日前に遡ります。
職場から帰宅途中、贔屓にしているガソリンスタンドでオイル交換をお願いしました。
いつものように待合室で週刊誌を読みつつ待っていたのですが、ナニやらただならぬ雰囲気を醸し出しながら近づいてくるスタンドの店員さん。
誘われるままに車体の下を覗き込んで
あっ!!!!
もうビックリするぐらい、デフから気前よくオイルが漏れているのを見てしまいました(涙)
ちなみに、我が風号のスペック。
レガシィワゴン平成16年式
総走行距離11万超(二日前に越えたところなのよね~)
んで。
昨日、古くからお付き合いをしている車屋さん(職場の御用達)に持って行き、社長に見てもらったのですが・・・
あ~・・・
と一言だけ(爆)
これほど威勢よく漏れ出ているのは初めて見たそうです。
想定外の出費だわ~(ToT)
安く済んだらエエのにな~・・・
奥飛騨温泉キャンプツー2011 ~静岡経由南信州秘境の旅 その1~
9月中旬のこの時期にして、ようやく8月下旬の記事とは・・・
保存されている画像を頼りに、記憶を呼び起こしていく作業が必要やけど・・・
果たして、あの時感じたこと、考えていたことなどが表現できるかな~?一抹の不安が。。。
序
昔から山岳風景というものに強い興味を持っていた。
厳冬期の冬山の美しさ、星空の美しさ、新緑の眩しさ、夏山の賑わいなど、山岳写真には四季折々の表情が切り取られている。そしてそれは紛れも無い真実の一場面なのである。
自分もいつか同じ景色を見てみたいなと思うようになったのは、一体いつからなのだろう。
ブロ友のチョイ不良Zさんからキャンプツーのお誘いを受け、二人であれこれとルートの案を出し合っているとき、ワシの頭の中に、あの山岳風景が浮かんできた。
天空の里・・・下栗
8月27日
名神高速草津PAに集合したのは午前5時。自宅から比較的近い場所にあるために、到着は集合時間ギリギリだった。
それにしても日の出の時刻が随分遅くなってきた。夏の終わりを感じずにはいられない。
今回の旅は二人だけである。お互い近況報告などをしつつ、出発の準備を整える。
と、突然。チョイさんからB+COMが手渡された。

(SYGN HOUSEのHPより)
ワシのバイクライフの中で、こいつだけは縁が無いだろうというモノが目の前にある。
理由は単純。
バイクに乗っている最中、ワシは内なる自分と会話している。そのときの精神状況によって、会話の中身は明るくも・暗くもなっているが、おおむね良く出てくるのは仕事上の未解決事例(今後の対策などを含めて)であったり、これから行く場所に至るルートの再確認であったり、後ろから煽ってくる車や極端にペースを乱す車に対して物申したりすること、あるいは大好きな歌を大声で歌うことなどもある。このように書き留めるとなんだかもの凄く陰気な感じがしないでもないが、多くのライダーは同じような状況下に置かれているのではないだろうか?
さて。B+COMは一体どのようなバイクライフを提供してくれるのだろう?
HPから拾ってきた情報によると・・・

(同じくSYGN HOUSEのHPより。クリックすると大きくなるよ~)
これを読む限り
一、ワシはバイクの閉塞感をむしろ楽しんでいる。
二、運転中、携帯電話には出ない。って言うか、そういうことを想定していない。
三、ナビは使わない(車も含めて)。
四、運転中(バイクに限る)、音楽は聴かない。
五、アマチュア無線も当然していない。
というタイプの人間なので、明らかに「B+COMはそんなに必要じゃないよ派」に所属している。
そんな人間なので、なんだかめちゃくちゃ動揺して、ヘルメットに装着すらできないでいた。見かねたチョイさんが手伝ってくれる。耳を圧迫しない位置にスピーカーを取り付けていざ。
走り始めるとすぐに、チョイさんの駆るハーレーの排気音が聞こえてきた。
宣伝に偽りなし。そして想像以上によく聞こえる声。ヘルメットの風切り音に負けていない。
しかし・・・ワシには馴染み難い品であることもよく分かった。
先ほど書いたように、基本的にワシは走行中自分自身の内部に目を向けていることが多い。だから、唐突に耳元に飛び込んでくる声に驚くことがしばしばだった。
例えば車に乗って同乗者と会話をしているとき、お互いの雰囲気を感じるため、突然話しかけられてもそう驚くことはない。
ところが、バイクで走っているときは別だ。一方は何か話したいと思っていても、片方は相手の会話を聞く心構えができていない。
そういう意味で、B+COMは遠慮なく自分の世界に侵入してくる。
そんな他愛も無いことを思いつつ、新名神~東名阪~伊勢湾岸~東名と東へ向かう。
折からの秋雨前線の影響なのか、空模様が不安定だった。
浜松ICで下車し、r45~r374~r343と天竜川沿いを北上するルートを選んだが、行く先はどんよりとした分厚い雲に覆われていた。
R152で給油したとき、これからのことを考えて合羽を着込む。
R362を北上し、春野町宮川から天竜スーパー林道に入った。
・・・が、1kmも走らないうちに通行止めを知る。どうやら道路が崩落している様子だった。
とても楽しみにしていた道だったのだが残念である。
地図を確認し、r389を通ってR152(水窪町)に出るルートに変更した。
こぶし大の石や枯葉、小枝が多く散乱し、とても走り難い道であったが、チョイさんには関係ないらしい。
とてもじゃないが、ハーレーで走るような道ではなかったのだが、巨体を右に左にヒラリヒラリとバンクさせる姿を見ると、只者じゃないなこのヒトもと思わずにはいられない。

1~1.5車線の山道を走りぬけ、R152に合流した。
このR152は途中で分断されており、静岡から長野に入るためには、兵越林道を経由する必要がある。
行き交う車の少ない静かな峠道を走りぬけ、再び国道に戻る。
下栗の里まではあと少し。
木沢という町に入った。
すると小さな看板が目に飛び込んできた。CM撮影地という文字が読み取れた。

教室の中も見学して行ってと管理人?に声を掛けられたので、木造校舎の中に入ってみた。
CMで使われた教室は、当時のまま保存している様子だった。

そして、もの凄く人懐っこい猫が、ワシ等を歓迎してくれた。

そして・・・
いつか行ってみようと思っていた場所をようやく訪れることができる。高揚感が自然と笑みを生み出す。
天空の里・・・下栗
~つづく~
保存されている画像を頼りに、記憶を呼び起こしていく作業が必要やけど・・・
果たして、あの時感じたこと、考えていたことなどが表現できるかな~?一抹の不安が。。。
序
昔から山岳風景というものに強い興味を持っていた。
厳冬期の冬山の美しさ、星空の美しさ、新緑の眩しさ、夏山の賑わいなど、山岳写真には四季折々の表情が切り取られている。そしてそれは紛れも無い真実の一場面なのである。
自分もいつか同じ景色を見てみたいなと思うようになったのは、一体いつからなのだろう。
ブロ友のチョイ不良Zさんからキャンプツーのお誘いを受け、二人であれこれとルートの案を出し合っているとき、ワシの頭の中に、あの山岳風景が浮かんできた。
天空の里・・・下栗
8月27日
名神高速草津PAに集合したのは午前5時。自宅から比較的近い場所にあるために、到着は集合時間ギリギリだった。
それにしても日の出の時刻が随分遅くなってきた。夏の終わりを感じずにはいられない。
今回の旅は二人だけである。お互い近況報告などをしつつ、出発の準備を整える。
と、突然。チョイさんからB+COMが手渡された。

(SYGN HOUSEのHPより)
ワシのバイクライフの中で、こいつだけは縁が無いだろうというモノが目の前にある。
理由は単純。
バイクに乗っている最中、ワシは内なる自分と会話している。そのときの精神状況によって、会話の中身は明るくも・暗くもなっているが、おおむね良く出てくるのは仕事上の未解決事例(今後の対策などを含めて)であったり、これから行く場所に至るルートの再確認であったり、後ろから煽ってくる車や極端にペースを乱す車に対して物申したりすること、あるいは大好きな歌を大声で歌うことなどもある。このように書き留めるとなんだかもの凄く陰気な感じがしないでもないが、多くのライダーは同じような状況下に置かれているのではないだろうか?
さて。B+COMは一体どのようなバイクライフを提供してくれるのだろう?
HPから拾ってきた情報によると・・・

(同じくSYGN HOUSEのHPより。クリックすると大きくなるよ~)
これを読む限り
一、ワシはバイクの閉塞感をむしろ楽しんでいる。
二、運転中、携帯電話には出ない。って言うか、そういうことを想定していない。
三、ナビは使わない(車も含めて)。
四、運転中(バイクに限る)、音楽は聴かない。
五、アマチュア無線も当然していない。
というタイプの人間なので、明らかに「B+COMはそんなに必要じゃないよ派」に所属している。
そんな人間なので、なんだかめちゃくちゃ動揺して、ヘルメットに装着すらできないでいた。見かねたチョイさんが手伝ってくれる。耳を圧迫しない位置にスピーカーを取り付けていざ。
走り始めるとすぐに、チョイさんの駆るハーレーの排気音が聞こえてきた。
宣伝に偽りなし。そして想像以上によく聞こえる声。ヘルメットの風切り音に負けていない。
しかし・・・ワシには馴染み難い品であることもよく分かった。
先ほど書いたように、基本的にワシは走行中自分自身の内部に目を向けていることが多い。だから、唐突に耳元に飛び込んでくる声に驚くことがしばしばだった。
例えば車に乗って同乗者と会話をしているとき、お互いの雰囲気を感じるため、突然話しかけられてもそう驚くことはない。
ところが、バイクで走っているときは別だ。一方は何か話したいと思っていても、片方は相手の会話を聞く心構えができていない。
そういう意味で、B+COMは遠慮なく自分の世界に侵入してくる。
そんな他愛も無いことを思いつつ、新名神~東名阪~伊勢湾岸~東名と東へ向かう。
折からの秋雨前線の影響なのか、空模様が不安定だった。
浜松ICで下車し、r45~r374~r343と天竜川沿いを北上するルートを選んだが、行く先はどんよりとした分厚い雲に覆われていた。
R152で給油したとき、これからのことを考えて合羽を着込む。
R362を北上し、春野町宮川から天竜スーパー林道に入った。
・・・が、1kmも走らないうちに通行止めを知る。どうやら道路が崩落している様子だった。
とても楽しみにしていた道だったのだが残念である。
地図を確認し、r389を通ってR152(水窪町)に出るルートに変更した。
こぶし大の石や枯葉、小枝が多く散乱し、とても走り難い道であったが、チョイさんには関係ないらしい。
とてもじゃないが、ハーレーで走るような道ではなかったのだが、巨体を右に左にヒラリヒラリとバンクさせる姿を見ると、只者じゃないなこのヒトもと思わずにはいられない。

1~1.5車線の山道を走りぬけ、R152に合流した。
このR152は途中で分断されており、静岡から長野に入るためには、兵越林道を経由する必要がある。
行き交う車の少ない静かな峠道を走りぬけ、再び国道に戻る。
下栗の里まではあと少し。
木沢という町に入った。
すると小さな看板が目に飛び込んできた。CM撮影地という文字が読み取れた。

教室の中も見学して行ってと管理人?に声を掛けられたので、木造校舎の中に入ってみた。
CMで使われた教室は、当時のまま保存している様子だった。

そして、もの凄く人懐っこい猫が、ワシ等を歓迎してくれた。

そして・・・
いつか行ってみようと思っていた場所をようやく訪れることができる。高揚感が自然と笑みを生み出す。
天空の里・・・下栗
~つづく~
完全アウェーなミーティング ~とあるツーリング記録(速報)~

とあるBMWのオーナーさん(笑)に誘われて、某社製バイクのミーティングにお邪魔させて頂きました。
ワシは全く無関係な立場だったのですが、オーナーの皆様方に快く受け入れてもらい、また、ちゃっかり写真撮影の場に紛れ込ませてもらったりと、それなりに楽しい時間を過ごすことができました。
ちなみに場所は本栖湖。
自宅から370Kmほど離れた場所でございます。
最近放置傾向が強いブログですが、次のネタを差し置いて今日の出来事をUPしてみました(笑)
気が向いたら、もう少し詳しく記事を書こうかな~と(最近、「気が向いたら」ってよく使っているような・・・)
■本日の走行距離 813.1Km
追記
意外に富士山は近いぞ(笑)
そして、山の上は秋の気配が。

2011オッサンキャンプ ~第3幕。天候に涙したオッサンとチビ助の悲哀~
朝晩めっきり涼しくなってきました。我が家周辺は、明け方の気温が20度前後です。
さて、あの楽しかった夏の日
いい加減思い出話をまとめないと駄目ですね~(><)
仕事はずいぶん落ち着いてきたのですが、職場で散々PCのモニターを見ているので、家に帰ってまでモニターを見るのがめちゃくちゃ億劫なんですよね。
ということで。
ボチボチ仕上げに入ります。
前回までのあらすじ
キャンプから一転、観光旅行客と化したオッサン達。
高千穂のトンネルの駅で焼酎試飲祭を開催し、昨年の薩摩酒造に続き、見事試飲という大役をGETしたワシ。
ハンドルを不幸なオッサンに託し、後部座席でほろ酔い旅行。
しかし、試飲の機会に恵まれなかったオッサンの恨み節が、お天道様に通じたらしく、阿蘇までの道のりは雷雨&濃霧。
絶景を楽しむこと無く阿蘇山へ。しかしここでも無情の濃霧。
早々に撤収し、宿に入ったオッサン達は、温泉と旅館の心づくしの料理に身も心も解放されるのであった。
8月21日
朝から雨。しかもかなりの荒れ模様。雷は鳴るわ風は強いわで、宿を発つことが億劫になるほどであった。
しかし、オッサン達には心残りがひとつあった。それは、馬刺を口にしていないということである。
持参したMacBookをフル活用し、馬刺情報の収集を行った結果、「地元のスーパーで安く手に入るよ~」とか「わざわざ店に食べにいかなくても十分美味しいよ~」などといった情報を得ることに成功した。
雨脚が若干弱まったところを狙い、イソイソと宿を発つ。5分も走らないうちに、地元のスーパーに到着した。
100g当たりの単価が信じられないぐらい安い。
帰りのフェリー内で反省会を開くことを決め、一人1パック購入することにした。ちなみにたてがみは、100g70円そこそこで買えた。
だらしない笑顔がそこかしこで見られた。
夕方6時までに大分港に戻ればよかったので、時間的な余裕はずいぶんある。
雨の降る中、大観峰からやまなみハイウェイに入る。せっかくの大展望も、この霧と雨では台無しだ。

長者原も雨。
超濃霧。話にならない。

湯布院でようやく見通しが利くようになった。
高速道路を使い、別府まで出る。
閑散としたアーケードをうろつき、昼酒の飲める店を探し出し、ワラワラと突入した。
もちろん、例のイベントである。
用意されたのは生中3つ。

果たして結果は?

見事に勝利し、琉球丼という海鮮丼を楽しむワシ。
大分の事情に精通している村山によると、なにやら名物料理らしい。
そして息子が選んだ料理は・・・
オッサン達が選んだ品のおよそ倍ほど値段の違うウナギ丼。
8歳男子が完食できるのか?という量だったが、勢いよく食べ始める息子。
しかし途中で小骨が喉に刺さり、テンションが急降下してしまったのだが・・・

非常に楽しい昼食の後は、地獄巡りをしてみようということになった。
一箇所だけの入園料は400円。全部で八ヶ所。
「全て回るのなら2000円のチケットが格安ですよ~」との売り場のおばちゃんの誘いに乗り、「じゃあそれで」ということになったのだが・・・
2000円という値段が高いのか安いのかは自分の気持ち次第。
村山以外のオッサン達はかなり「やってしまった」感が漂っていた。

ワシと息子は、なんとか六ヶ所は巡った。
しかし、歩き続けたことと降雨、そして何より、喉に刺さりっぱなしの小骨によって、息子の体調がどんどん崩れていった。
帰りのフェリーは大丈夫かな~?と一抹の不安が過ぎる。
しかし、あえてそのことは深く考えずに、何とか息子のテンションを上げようと画策するも全て失敗。
またしても息子は発熱してしまった。
しかし今年は万全の用意で九州入りしたのだ。頓服を飲ませ、冷えピタシートを貼り、すぐに休ませる。
息子が寝付いたのを見届け、別室にいるオッサン達の下へ。
阿蘇で買ってきた馬刺しを肴に、大反省会が行われるのだ。

適当に馬刺しをつまみつつ、ビールを飲みつつ、静かに反省会が行われていたのだが
やはり、寝ている息子が気になるので、様子を見に行くことにした。
案の定、うなされて寝苦しそうだ。
なんだかとっても申し訳ない気持ちになりつつ、強くなれよ!と念じつつ、ワシも体を休めることにした。
8月22日
定刻通り神戸港へ船は入港した。

頓服が効いているのか、息子は若干元気を取り戻しつつあった。
子どもには体力的に厳しい旅であることは間違いない。
二年連続、最終日に発熱という結果については反省の余地もあろうだろう。
しかし当の本人は「来年はどこに行くの?」ときわめて前向きである。親として申し訳ない気持ちが若干和らぐのを感じた。
さあ。
オッサン達の夏休みが終わった。
明日からまた仕事だ。
家に帰って思い出話を肴に一杯やるか。
~完~
追記
最後は粗い文章構成になってしまいましたね。
まあ、記憶が曖昧になってきたここと、すでに2週間以上経過している出来事なので、新鮮味に欠けるのと
いろんな理由が重なって、今回はこんな感じのレポートになりましたとさ。
さて。
次のレポートは・・・キャンプツーリングの記録ですね。
そのうち書くから(笑)

さて、あの楽しかった夏の日
いい加減思い出話をまとめないと駄目ですね~(><)
仕事はずいぶん落ち着いてきたのですが、職場で散々PCのモニターを見ているので、家に帰ってまでモニターを見るのがめちゃくちゃ億劫なんですよね。
ということで。
ボチボチ仕上げに入ります。
前回までのあらすじ
キャンプから一転、観光旅行客と化したオッサン達。
高千穂のトンネルの駅で焼酎試飲祭を開催し、昨年の薩摩酒造に続き、見事試飲という大役をGETしたワシ。
ハンドルを不幸なオッサンに託し、後部座席でほろ酔い旅行。
しかし、試飲の機会に恵まれなかったオッサンの恨み節が、お天道様に通じたらしく、阿蘇までの道のりは雷雨&濃霧。
絶景を楽しむこと無く阿蘇山へ。しかしここでも無情の濃霧。
早々に撤収し、宿に入ったオッサン達は、温泉と旅館の心づくしの料理に身も心も解放されるのであった。
8月21日
朝から雨。しかもかなりの荒れ模様。雷は鳴るわ風は強いわで、宿を発つことが億劫になるほどであった。
しかし、オッサン達には心残りがひとつあった。それは、馬刺を口にしていないということである。
持参したMacBookをフル活用し、馬刺情報の収集を行った結果、「地元のスーパーで安く手に入るよ~」とか「わざわざ店に食べにいかなくても十分美味しいよ~」などといった情報を得ることに成功した。
雨脚が若干弱まったところを狙い、イソイソと宿を発つ。5分も走らないうちに、地元のスーパーに到着した。
100g当たりの単価が信じられないぐらい安い。
帰りのフェリー内で反省会を開くことを決め、一人1パック購入することにした。ちなみにたてがみは、100g70円そこそこで買えた。
だらしない笑顔がそこかしこで見られた。
夕方6時までに大分港に戻ればよかったので、時間的な余裕はずいぶんある。
雨の降る中、大観峰からやまなみハイウェイに入る。せっかくの大展望も、この霧と雨では台無しだ。

長者原も雨。
超濃霧。話にならない。

湯布院でようやく見通しが利くようになった。
高速道路を使い、別府まで出る。
閑散としたアーケードをうろつき、昼酒の飲める店を探し出し、ワラワラと突入した。
もちろん、例のイベントである。
用意されたのは生中3つ。

果たして結果は?

見事に勝利し、琉球丼という海鮮丼を楽しむワシ。
大分の事情に精通している村山によると、なにやら名物料理らしい。
そして息子が選んだ料理は・・・
オッサン達が選んだ品のおよそ倍ほど値段の違うウナギ丼。
8歳男子が完食できるのか?という量だったが、勢いよく食べ始める息子。
しかし途中で小骨が喉に刺さり、テンションが急降下してしまったのだが・・・

非常に楽しい昼食の後は、地獄巡りをしてみようということになった。
一箇所だけの入園料は400円。全部で八ヶ所。
「全て回るのなら2000円のチケットが格安ですよ~」との売り場のおばちゃんの誘いに乗り、「じゃあそれで」ということになったのだが・・・
2000円という値段が高いのか安いのかは自分の気持ち次第。
村山以外のオッサン達はかなり「やってしまった」感が漂っていた。

ワシと息子は、なんとか六ヶ所は巡った。
しかし、歩き続けたことと降雨、そして何より、喉に刺さりっぱなしの小骨によって、息子の体調がどんどん崩れていった。
帰りのフェリーは大丈夫かな~?と一抹の不安が過ぎる。
しかし、あえてそのことは深く考えずに、何とか息子のテンションを上げようと画策するも全て失敗。
またしても息子は発熱してしまった。
しかし今年は万全の用意で九州入りしたのだ。頓服を飲ませ、冷えピタシートを貼り、すぐに休ませる。
息子が寝付いたのを見届け、別室にいるオッサン達の下へ。
阿蘇で買ってきた馬刺しを肴に、大反省会が行われるのだ。

適当に馬刺しをつまみつつ、ビールを飲みつつ、静かに反省会が行われていたのだが
やはり、寝ている息子が気になるので、様子を見に行くことにした。
案の定、うなされて寝苦しそうだ。
なんだかとっても申し訳ない気持ちになりつつ、強くなれよ!と念じつつ、ワシも体を休めることにした。
8月22日
定刻通り神戸港へ船は入港した。

頓服が効いているのか、息子は若干元気を取り戻しつつあった。
子どもには体力的に厳しい旅であることは間違いない。
二年連続、最終日に発熱という結果については反省の余地もあろうだろう。
しかし当の本人は「来年はどこに行くの?」ときわめて前向きである。親として申し訳ない気持ちが若干和らぐのを感じた。
さあ。
オッサン達の夏休みが終わった。
明日からまた仕事だ。
家に帰って思い出話を肴に一杯やるか。
~完~
追記
最後は粗い文章構成になってしまいましたね。
まあ、記憶が曖昧になってきたここと、すでに2週間以上経過している出来事なので、新鮮味に欠けるのと
いろんな理由が重なって、今回はこんな感じのレポートになりましたとさ。
さて。
次のレポートは・・・キャンプツーリングの記録ですね。
そのうち書くから(笑)

2011オッサンキャンプ ~第二幕。今年は阿蘇で贅沢旅行~
前回までのダイジェスト
オッサンキャンプは、オッサン達のオッサン達によるオッサン達のための祭典である。一年に一度の近況報告会を兼ねているこのキャンプは、前半がテント泊、後半は旅館泊という構成になっている。
さて。
昨年に引き続きフェリーで九州入りしたオッサン達は、大分港から豊後水道を南下し宮崎県のとある場所でキャンプを張る。毎度おなじみの鰹を仕入れ、定価販売していた赤霧島(1升瓶)を買い占め、鶏肉の蒸し焼きでグフフと笑い、夜が更けていったのであった。
そして翌朝。
予報通り雨が降り始めたとある浜辺。朝食も食べずにオッサン達はテントを撤収し、阿蘇へ向けて車を走らせたのであった。
8月20日
人にはそれぞれ様々な旅のスタイルがある。
旅行本やインターネットを駆使し、現地の情報を事前に収集し、旨いもの処とか見所などあらかじめ目的地を決める者もいれば、最終目的地だけを設定し、あとは適当に現地での出会いを楽しむ者もいる。
今回の面々は基本的には前者のタイプが集まっているのだが、悲しいかな人任せな連中なので、誰かが何かを調べているだろう、あるいは、誰かが素晴らしい場所を紹介してくれるだろうという空気が至る所に現れていた。
ちなみにワシは後者のタイプで、地図を見ながらそのときの雰囲気でルートを選んだり、食べ物を選んだりする。バイクによるソロツーリングでは、如何なく自分の持ち味を発揮できるのだが、今回は団体行動ゆえ、自分の特性はなるべく目立たせないようにと一定の配慮を行っていた。
そんなオッサン達が、阿蘇に向かう道中で偶然出会った廃線跡。
なんら事前の情報がないために、目の前の線路がどのような歴史を持っていたのかを全く知らずにいた。つくづく勿体無い連中である。

そして再び車を走らせる。
高千穂。
超有名な観光地である。なんと言っても、言葉の響きが良い。旅情を誘うのはワシだけではないだろう。以前からずっと行きたいと思っていた場所にようやく向かうことが出来た。もちろん狙いはアレだ。るるぶとかの観光雑誌に必ず載っているアレだ。
アレ?
水がなんかもの凄く濁ってね?

雨の影響が至る所に現れていた。ものの見事に期待を裏切ってくれた。また再びこの地に来なさいという神様のお告げなのだろう。
何となく消化不良は否めなかったが、目的地は阿蘇である。まだまだ先は長いし、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
そして、道中にはお楽しみのイベント会場が控えている。
そう。
トンネルの駅である。
焼酎という文字が地図にハッキリと示されている場所である。
西澤は興奮を抑えきれず、一目散に試飲コーナーへ向かっていった。そしてオッサン達がワラワラと集まり、恒例のドライバージャンケン大会が始まる。
異様な雰囲気でジャンケンを行うオッサン達。数分後、小さなガッツポーズと阿鼻叫喚。

ふふふ。大いに楽しませてもらいました♪
ここから先は濃霧と雷雨。
激しい雨が視界を遮り、ドライバーを苦しめていた。ほろ酔い気分のワシは夢見心地で車に揺られていた。
いつの間にか高森峠を越え、車はr111へと入っていった。
しかし、ここでも濃霧。
阿蘇山公園道路は悪天候のため封鎖されていた。

第二幕のメイン会場であったが、天候には逆らえない。
ここもまた、もう一度来なさいということなのかもしれない。
山から下りると、時折雨がパラツクものの、晴れ間が戻ってきていた。
宿泊地である内牧温泉へ車を進め、宿に到着した。

古びた旅館であるが、これがなかなか味のある良い宿だった。
オッサン達は、雨に呪われた行程をすっかり忘れ、旅館のもてなしに身も心も開放するのであった。

~つづく~
オッサンキャンプは、オッサン達のオッサン達によるオッサン達のための祭典である。一年に一度の近況報告会を兼ねているこのキャンプは、前半がテント泊、後半は旅館泊という構成になっている。
さて。
昨年に引き続きフェリーで九州入りしたオッサン達は、大分港から豊後水道を南下し宮崎県のとある場所でキャンプを張る。毎度おなじみの鰹を仕入れ、定価販売していた赤霧島(1升瓶)を買い占め、鶏肉の蒸し焼きでグフフと笑い、夜が更けていったのであった。
そして翌朝。
予報通り雨が降り始めたとある浜辺。朝食も食べずにオッサン達はテントを撤収し、阿蘇へ向けて車を走らせたのであった。
8月20日
人にはそれぞれ様々な旅のスタイルがある。
旅行本やインターネットを駆使し、現地の情報を事前に収集し、旨いもの処とか見所などあらかじめ目的地を決める者もいれば、最終目的地だけを設定し、あとは適当に現地での出会いを楽しむ者もいる。
今回の面々は基本的には前者のタイプが集まっているのだが、悲しいかな人任せな連中なので、誰かが何かを調べているだろう、あるいは、誰かが素晴らしい場所を紹介してくれるだろうという空気が至る所に現れていた。
ちなみにワシは後者のタイプで、地図を見ながらそのときの雰囲気でルートを選んだり、食べ物を選んだりする。バイクによるソロツーリングでは、如何なく自分の持ち味を発揮できるのだが、今回は団体行動ゆえ、自分の特性はなるべく目立たせないようにと一定の配慮を行っていた。
そんなオッサン達が、阿蘇に向かう道中で偶然出会った廃線跡。
なんら事前の情報がないために、目の前の線路がどのような歴史を持っていたのかを全く知らずにいた。つくづく勿体無い連中である。

そして再び車を走らせる。
高千穂。
超有名な観光地である。なんと言っても、言葉の響きが良い。旅情を誘うのはワシだけではないだろう。以前からずっと行きたいと思っていた場所にようやく向かうことが出来た。もちろん狙いはアレだ。るるぶとかの観光雑誌に必ず載っているアレだ。
アレ?
水がなんかもの凄く濁ってね?

雨の影響が至る所に現れていた。ものの見事に期待を裏切ってくれた。また再びこの地に来なさいという神様のお告げなのだろう。
何となく消化不良は否めなかったが、目的地は阿蘇である。まだまだ先は長いし、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
そして、道中にはお楽しみのイベント会場が控えている。
そう。
トンネルの駅である。
焼酎という文字が地図にハッキリと示されている場所である。
西澤は興奮を抑えきれず、一目散に試飲コーナーへ向かっていった。そしてオッサン達がワラワラと集まり、恒例のドライバージャンケン大会が始まる。
異様な雰囲気でジャンケンを行うオッサン達。数分後、小さなガッツポーズと阿鼻叫喚。

ふふふ。大いに楽しませてもらいました♪
ここから先は濃霧と雷雨。
激しい雨が視界を遮り、ドライバーを苦しめていた。ほろ酔い気分のワシは夢見心地で車に揺られていた。
いつの間にか高森峠を越え、車はr111へと入っていった。
しかし、ここでも濃霧。
阿蘇山公園道路は悪天候のため封鎖されていた。

第二幕のメイン会場であったが、天候には逆らえない。
ここもまた、もう一度来なさいということなのかもしれない。
山から下りると、時折雨がパラツクものの、晴れ間が戻ってきていた。
宿泊地である内牧温泉へ車を進め、宿に到着した。

古びた旅館であるが、これがなかなか味のある良い宿だった。
オッサン達は、雨に呪われた行程をすっかり忘れ、旅館のもてなしに身も心も開放するのであった。

~つづく~
